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東京地方裁判所 昭和30年(モ)12813号 判決

債権者 沢田正男

債務者 鈴木乙次郎 外一名

主文

当裁判所が、昭和三十年(ヨ)第四、九八九号不動産仮処分申請事件について同年八月二十四日した仮処分決定および同年(ヨ)第五、〇三三号不動産仮処分申請事件について、同年八月二十六日した仮処分決定は、いずれも認可する。訴訟費用は、債務者等の負担とする。

事実

第一債権者の主張

(申立)

債権者訴訟代理人は、主文第一項同旨の判決を求め、その理由として、次のとおり陳述した。

(理由)

一  鈴木恒太郎は、その所有にかかる東京都大田区下丸子町四百八十九番地の一宅地五十四坪七合五勺の地上に貸店舗数棟を建築しそのうち北角七坪の地上の建坪六坪の平家建店舗を債務者鈴木乙次郎に賃貸してきたが、その後、昭和二十九年九月頃、この店舗を同人に売り渡し、その敷地である前記北角七坪の土地(以下本件土地という。)を、賃料一カ月金十円で、期間の定めなく、同人に賃貸するに至つた。

二  しかるところ、昭和三十年五月二十二日午前二時頃、債務者鈴木乙次郎所有の右店舗から出火し、右店舗は、近隣の地主鈴木恒太郎宅・および他の店舗三戸とともに焼失した。

三  債権者は、昭和三十年七月十五日、本件土地を含む五十四坪七合五勺の土地を、鈴木恒太郎から譲り受け、同年八月二十二日所有権移転登記手続をするとともに罹災した旧借地人全員と協議して、商店街再建のために、協議成立までは建物を建てないことを申し合せ、焼跡の周囲に「よしず」塀をめぐらしておいた。

四  しかるに同年八月二十二日、債務者鈴木乙次郎は、右申合せにそむいて、債務者青木建設社こと青木佐一郎を請負人として、右「よしず」塀を撤去して、本件土地上に建物を建て始めた。

五  しかしながら、債務者鈴木乙次郎は、本件土地について賃借権を有するものではない。すなわち、鈴木恒太郎と債務者鈴木乙次郎との間の本件土他の賃貸借契約には、もともと期間の定めがなかつたのであるから、本件土地上の建物が前記火災により滅失したため同債務者の本件土地に対する賃借権は、当然消滅した。仮に、建物の滅失によつて、賃借権が消滅しなかつたとしても、債権者は、本件土地上の債務者鈴木所有の建物が滅失したのち、本件土地を譲り受けたものであるから、同債務者は、建物滅失前の本件土地の賃借権をもつて、債権者に対抗することはできない。

六  債務者等は、本件土地上に建物を建築する何らの権原を有しないのであるから、債権者は、土地所有権にもとづき、債務者鈴木乙次郎に対し、建物収去土地明渡の本訴を提起しようと準備中であるが、債務者等は、建築工事を続行し、完成のうえは、飲食店営業をしようと企てている。しかも繁華街の中心地である本件土地上に、債務者等が建物を建てるのを放置すると、事実上、本件土地使用を黙認したものと見られる虞が多分にあるばかりでなく建築が完成すると、債権者が、後日、本案で勝訴判決を得て、収去を執行しようとしても、附近の道路を使用せざるを得ないことになり、また、収去費用も多額にのぼり、その執行が著しく困難になるのみならず、社会経済的見地からも望ましくないので昭和三十年八月二十四日、債務者鈴木乙次郎を相手方とし、同月二十六日、債務者青木建設社こと青木佐一郎を相手方とし、いずれも東京地方裁判所に仮処分申請をし、各申請の日に、債務者等の本件土地上に建築中の建物に対する占有を解いて、債権者の委任した東京地方裁判所執行吏の保管に移し、債務者等の建築工事禁止を命ずる旨の仮処分決定を得たが、右各決定は、いずれも正当であり、いまこれを維持する必要があるから、その認可を求める。

七  なお、債権者等の抗弁事実中債権者が鈴木恒太郎の長男行也の妻の弟であることは争わないが、本件土地の売買が仮装売買であることおよび本件土地明渡請求権の行使が権利濫用であることは否認する。

八  債務者等は、本件右仮処分を取り消すべき特別事情ありとしてまず、本件土地上に建築中の建物は、現状のままでは、風雨による浸蝕で崩壊する危険があると主張するが、右建物は、堅固に切り組まれているから、その虞はないのみならず、仮に朽廃部分が生ずれば、現状維持に必要な範囲内で、執行吏の許可を得て、補修すれば足るので、これをもつて、仮処分を取り消すべき事由ということはできない。また、債務者鈴木乙次郎は、営業でできないので生活の途がなく、困窮していると主張するが、債権者は火災の後協議した際、債務者鈴木乙次郎に本件土地を明渡す代りに、その隣地を使用してはどうか申し出たにかかわらず、同人はこれを拒否したほどであるから、さほど窮迫しているものとは認められない。

第二債務者等の主張

(申立)

債務者等訴訟代理人は、主文第一項掲記の仮処分決定は、いずれも取り消し、各申請を却下するとの判決並びに仮りに右申立が理由がないときは、保証を条件として右各仮処分決定を取り消すとの判決を求め、その理由として、次のとおり陳述した。

(理由)

一  債権者の主張事実中、本件土地が、もと鈴木恒太郎の所有であつたこと、債務者鈴木は、昭和二十四年九月上旬頃以降、本件土地上の建物約六坪を、鈴木恒太郎から賃借していたこと、昭和二十九年九月頃、債務者鈴木は、本件土地上の建物を鈴木恒太郎から買い取り、本件土地を同人から賃借するに至つたこと、昭和三十年五月二十二日午前二時三十分頃、本件土地上の債務者鈴木方建物が焼失したこと、同年八月下旬、債務者鈴木は、債務者青木に請け負わせて、本件土地上に建物の建築を始めたこと、債権者から、その主張のような仮処分決定の執行を受けたことは、いずれも認めるが、その余の事実は、すべて否認する。

二  本件土地上に、債務者鈴木が所有していた建物は、火災によつて焼失したので、もとより朽廃したものではないから、債務者鈴木の本件土地賃借権は、消滅しない。

三  また、債権者は、鈴木恒太郎から本件土地を譲り受けたと主張するが、それは、仮装売買にすぎない。すなわち、債権者は、鈴木恒太郎の長男行也の妻の弟であり、また、鈴木恒太郎が病臥中は、本件土地の管理処分は、すべて長男鈴木行也がおこなつていたが、火災後、債務者鈴木が鈴木行也と交渉していた間、一度も本件土地の売買の話は出なかつたのに、突然、昭和三十年八月二十二日附で、債務者が、売買によつて、本件土地の所有権を取得した旨の登記がされた事実から見ても、右売買は、通謀虚偽表示であること明白である。

四  仮に、本件土地の右売買が、仮装でなかつたとしても、債権者は、本件土地上の債務者鈴木が所有していた既登記の建物が、火災で滅失したのを奇貨措くべしとして、同債務者の本件土地についての賃借権の対抗力を消滅させるために、本件土地を鈴木恒太郎から買い受けたのであるから、債権者が本件土地の明渡を請求するのは、権利の濫用にほかならない。

五  また、本件土地の賃貸借契約の際、鈴木恒太郎と債務者鈴木との間に、地上建物が火災で焼失した場合には、借地人が再建築することを承認する旨の特約が結ばれていたから、右鈴木恒太郎の賃貸人たる地位を承継した債権者は債務者等に建築禁止を要求することはできない。

六  債務者等は、債権者からの建物収去土地明渡の本案で敗訴すれば、建築完成後でも、自発的に建物収去に応ずるにやぶさかでないのであるから、建物未完成の現段階で、建築中止の仮処分をする必要性は存しない。

七  仮に、以上の主張がすべて理由がないとしても、本件については、次の特別事情があるから、本件仮処分は、保証を条件として取り消されるべきである。すなわち、

(1)  まず、債務者等が本件土地に建物の建築を完成しても、将来収去に至るまでの間債務者鈴木の本件土地占有により、債権者の蒙るべき損害および建築完成により収去費用の増大は、僅少であり、しかも、金銭をもつて償いうるものである。

(2)  債務者鈴木は、前記店舗において中華そば屋を営み、昭和二十九年五月以降同三十年四月までの一年間に、六十五万六千百七十四円の収益をあげていたので、いま、新たに本件土地で営業を再開すれば、その五割増程度の収益をあげうると推認できるにかかわらず、本件仮処分によつて、営業再開ができないため、莫大な得べかりし利益を喪失している。

(3)  のみならず、債務者鈴木の経営しようとする飲食店営業は、仮営業施設では、保健所の許可が得られないので仮営業もできず、ために、家族七人をかかえて、生計の途も断たれ、民生委員の救助を求めるほかない状態であり、家族の健康に不測の事態が生じても、医療費もなく、生命身体に償いえない損害が生ずる虞もあるので、債務者鈴木は、本件仮処分の執行によつて、異常な損害を蒙つているといえる。

(4)  また、他方において、債務者青木は、債務者鈴木から本件土地上の建築工事を請け負つて、木材約十六万円、その他の資材約五千円、大工その他の職人に対する既払労賃三万三千七百円合計十九万八千七百円の資金を、他から借り入れて、工事につぎこんだが、右工事が、本件仮処分によつて中止せざるを得なくなつたため、竣工のめあてもなく、右借入金に対する月利率五分相当の利息月額約一万円ずつを、支払つているのみならず本件地上の建物は、棟上をすんだばかりの段階で仮処分を受けたため、風雨による朽廃の速度、浸蝕の程度が、著しく、また暴風雨による倒壊の危険性もある。したがつて、債務者青木はこの建築工事に投じた金十九万八千七百円を喪失する危険にさらされているばかりでなく、工事中の建物の倒壊によつて、近隣の人命にも、償い得ない危害を及ぼすおそれがある。

以上の理由によつて、本件仮処分は取り消されるべきである。

第三疏明関係

〈省略〉

理由

一  本件土地が、もと、鈴木恒太郎の所有であつたこと、債務者鈴木乙次郎が、昭和二十四年九月上旬頃以降、本件土地上の建坪約六坪の建物を、鈴木恒太郎から賃借していたこと、債務者鈴木恒太郎は、昭和二十九年九月頃右建物を買い取り、本件土地を鈴木恒太郎から賃借するに至つたこと、昭和三十年五月二十二日午前二時三十分頃、債務者鈴木乙次郎が飲食店としていた右建物が、火災によつて焼失したこと、同年八月下旬債務者鈴木乙次郎は、債務者青木に請け負はせて、本件土地上に建物を建築し始めたこと、この建築工事が、棟上げを終つただけの段階で、債権者主張のような仮処分決定の執行を受けたことはいずれも当事者間に争がない。

二  成立に争いのない甲第一号証に、証人鈴木行也の証言および債権者本人尋問の結果を綜合すると、債権者は、本件土地の前所有者鈴木恒太郎の子である鈴木行也の妻の弟にあたる関係(債権者と鈴木恒太郎との身分関係については、当事者間に争いがない。)で、鈴木行也に対し、約百万円を融通しており、かねてから、その弁済にあてるため所存土地を譲渡するよう要求していたが、たまたま、昭和三十年五月二十二日の火災で、鈴木行也方居宅も、債務者鈴木の店舗とともに焼失した際、さらに鈴木行也から借金の申出があつたので、債権者は、鈴木行也および鈴木恒太郎と話し合つて、鈴木行也に対する貸金の代償として、本件土地を鈴木恒太郎から譲り受けるに至り、昭和三十年八月二十二日、売買による所有権移転登記をしたことが、一応、認められる。

債務者等は、本件土地の右売買が、仮装売買であつて無効であると抗争するが、これを認めるに足る明確な疏明はない。

三  債権者は、債務者鈴木の本件土地に対する期間の定めのない賃借権は、昭和三十年五月二十二日、本件土地上の債務者鈴木所有の建物が火災で焼失することにより消滅したと主張するが、建物の火災により滅失は、借地法第二条にいわゆる「朽廃」にはあたらない、右建物の焼失が、直ちに債務者鈴木の借地権の消滅を招来するものではない。

しかしながら、債務者鈴木は、右借地権をもつて、同人所有の建物滅失後その敷地である本件土地を譲り受けた債権者に対しては対抗することはできない筋合であるから、債務者鈴木が他に、本件土地を占有使用する権原を有することに何らの主張も疏明もない本件においては、同債務者は本件土地に建物を建築することはできないものといわなければならない。

四  債務者等は、債権者が、債務者方建物の火災による滅失を奇貨おくべしとして、本件土地を譲り受け、債務者等の建築工事の中止を請求するのは、権利の濫用であると主張するが、成立に争のない甲第二号証の一、二、同第三号証および同第六号証に、証人鈴木行也の証言ならびに、本件口頭弁論の全趣旨を綜合すると、前記昭和三十年五月二十二日の火災は、債務者鈴木方が火元と、一般に、いわれており、これがため、近隣三戸の店舗と共に、鈴木恒太郎、同行也父子方をも類焼したもので、その頃、類焼商店の人々の間に、商店街再建のため、新な地割について、土地所有者をまじえて協議が行われ、所有者側から、債務者鈴木に対し、角地である本件土地から一軒分南側に寄つたところに、店舗を設けることを承知してほしい旨の提案があつたにもかかわらず、債務者鈴木は、これにも応じないで、協議の整はないうちに、かねて、債務者青木に請け負はせて用意してあつた建築資材を、本件土地に持ち込み、強引に建築工事を始めたことが、認められるところ、事実、債権者が本件土地を譲り受けるに至つた経緯が、前記説示のとおりであることを考え合はせると、債権者が、本件土地の所有権に基いて、債務者等に対し本件土地上の建築工事禁止を請求するのは、必ずしも、債権者が債務者鈴木の権利保護の瑕疵に乗じて、自己の不当な利益追及のために、本件土地所有権をその手段として権利を濫用するものとは到底認め難く、他に債務者等の右主張を認めるに足る疏明はない。

五  債務者等は、債務者鈴木を鈴木恒太郎との間には本件土地の賃貸借契約の締結にあたり、地上建物が火災で焼失した場合には借地人が再建築することを承認する旨の特約があつたと主張するが、これに添う債務者鈴木本人尋問の結果は、証人鈴木行也の証言および成立に争いのない甲第八号証に照らして信用できないし他に右特約の存在を肯認するに足る疏明はない。

六  次に、債務者等は、建物収去土地明渡の本案訴訟において敗訴すれば、建築完成後でもその収去に自発的に応ずる用意があるとして、仮処分の必要性を争うが、仮に、現在債務者等に誠実に自発的収去をする用意あるとしても、それだけで将来執行を困難ならしめる虞なしとし難いばかりでなく、一旦、建築の完成した場合、その収去は、社会経済上の損失ないし居住者の住居店舗の喪失ということに対する配慮から、現実の問題として著しく困難となり、ために、往々にして、債権者としても、その収去を断念せざるを得ないような羽目に立ち至ることも決して少くないことは今日の建築事情下においては容易に推察し得るところであり、その他本件口頭弁論の全期間に徴すれば、本件各仮処分の必要性は、これを肯定するにかたくない。

七  なお、債務者等は、本件仮処分によつて保全される権利は、終局的に金銭的補償によつて目的を達し得られるものであり、また本件仮処分によつて蒙る債務者等の損害は、異常に大であるから本件仮処分は、特別事情あるものとして取り消されるべきである旨主張するが、債権者本人尋問の結果によれば、債権者は、かつての経験を生かし本件土地で、毋の実家の支店名義で八百屋を開業しようと計画していたことが、一応認められ、しかも一旦建築の完成した建物を収去することは相当困難なことの多いことすでに説示したとおりであるから、債権者が本件仮処分によつて保全しようとする権利は、債務者の主張するように、必ずしも金銭的補償によつて終局的満足を得られるものとは、いい難く、また成立に争のない乙第四、五号証に債務者鈴木乙次郎本人尋問の結果を綜合すると、本件各仮処分の執行により債務者鈴木の主張するような得べかりし利益の喪失(数額がその主張のとおりであることは必ずしも明確でないが)および債務者青木の主張する工事資金の金利、資材の朽廃等の損害が発生するであろうことは、一応、推認し得るが、これらは、いずれも、この種の仮処分に通常伴うところの、債務者等の受認しなければならない損害と認められるばかりでなく、火災の後、債務者等が建築に着手するに至つた経過が前に説示したとおりであるとすれば、右の損害中にはむしろ債務者等がみずから招来した損害も少くないといわざるを得ないし、このほか本件各仮処分決定を取り消すべき特別の事情のあることについては、これを肯認すべき疏明はないから、債務者等の前記主張も、これを採用することはできない。

八  よつて、債権者の本件各仮処分申請は、いずれも理由があるものというべく、これを容認してした主文第一項掲記の各仮処分決定は相当であるから、これを認可することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 三宅正雄 田中恒郎 深谷真也)

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